こだわりのいっぴん
研がないで切れる仕上げ鉋「河怡替刃式鉋」
鉋を替刃式に出来ないかと、昔からさまざまの研究がされて来ましたが、プロの職人さんが使えるものは出来ませんでした。
河合怡兌(かわい・よしみち)さんという腕の良い大工さんがおられました。
ある時、仕事の最中に過って屋根から落ちて大怪我をされたのです。
相当の重症だったようで、治療した病院の先生から「もし、治っても、もう大工は出来ませんよ。」と言われたそうです。
河合さんは家内も子供もいるし、大工の仕事が出来なくなったらどうしようか?と思い悩みながら、二年間の療養生活の間に考えを巡らして発明したのが、この河怡替刃式鉋でした。
退院後、数々の特許を出願してから、製作してくれる工場を探しに、金物で有名な三条市を訪ね、商工会議所で紹介して貰った鉋鍛冶が、有名なメーカー(有)初弘製作所でした。
初弘は現在三代目ですが、後で彼から聞いた開発についての苦労話です。
「鉋の刃は職人さんが合砥に当て、表裏を何回も繰り返し繰り返し砥がないといけないものなのですが、それを替刃として一枚々々同じような刃付けをしたものを安く大量に作ることに苦労しました。」
「鉋の刃付けの究極を追求していくと、顕微鏡を見ながら細胞を切るメスの刃付けまで行く事になったほどです。」とのことでした。
そして、今までのどんな替刃よりも切れる刃が完成したのです。
それを台に仕込んで河合さんに送るのですが、河合さんが、また、根が職人なものですから、他の工場では出来ない事をしました。
出荷する前に必ず一丁々々を自分で使ってみるのです。そして切れ味の悪いものは台直しをして、必ず切れる事を確認してから出荷しました。
しかも、切れたそのままの状態で、刃を出したままビニール袋に入れて箱入れして出したのです。
この辺は今までの常識とは違うのですが、ビニール袋に入れると台が狂い憎くなり、砥ぎたくないという意識と通ずる直ぐ使えることが職人さんに受けようです。
河怡の鉋は箱から出したら刃を叩かなくとも、そのまま木に掛けたら削れるのはそのためです。
そして、この鉋が、プロ用として始めて認知された替刃式鉋となったのです。
当社は、当初名誉ある発売元として、私も含め5人のセールスマンが(今はもっと多いのですが)、全員が練習をして鉋を使えるようになり、各地の展示会で実演しながら宣伝に努めましたが、全ての会場で切れ味は絶賛を頂き、その後の普及に繋がったと思っています。
そして、発明者でメーカーである河合さんと初弘の社長星野文一郎さんと私には因縁がありました。星野さんは私と小学校の同級生だったこと、河合さんも育った場所こそ違い、同じ歳だったことです。
河怡の替刃式鉋は、次ぎをクリックして頂くとご覧になれます。
その中から見たい写真をクリックすると拡大写真と説明がご覧になれますし、価格も表示してあります。その写真を更にクリックするともっと大きな鮮明な写真をご覧になれます。
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初弘の製品は全て当社で販売しています。
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