ONE 〜輝く季節へ〜

《先輩講座》

written by とごう


ONE 〜輝く季節へ〜 (c) Tactics

はじめに)

 本文は、物語を受けとるだけではなく、考えたり想像したりすることでより深く楽しむことができるのではないか。という点から書いています。
 内容は、わたしの個人的見地(+想像力)によるものですから、みなさんと異なる部分も見受けられると思います。もしかすると、不快に感じてしまうかもしれません。
 この点を踏まえ、読み進めてくださることをお願いします。

 本文中、 ONE〜輝く季節へ〜 (C)Tactics より文章を引用している部分があります。


出会い)  鍵『ふつう』

 目が見えないことを知り、とまどう主人公に川名みさき(以下、先輩)は応える。
  「ふつうで・・・いいと思うよ」
 一瞬の間をあけて、主人公はその言葉にうなずく。
  「そっか・・・そうだよな」
 主人公は『彼女と《ふつう》に接すればいい』ということを納得します。このように素直な気持ちで受けとめられることは重要なことだと思います。しかし、その納得(認識)の陰に、もうひとつの隠された認識が存在することを忘れてはいけません。
 それは、『彼女を無意識のうちに、ふつうという範疇から排除していた』ことです。この認識が基盤になければ、「ああ、そうか」と納得することもあり得ないのです。ですが、物事を判断する時には、何かしらの基準が必要であり、それがなければどう判断していいのかも分からない状態になってしまうので、その意識が悪いわけではありません。
 ここで、ふつうという世間一般の基盤(常識)とされる思考(考え方)の一端が浮かび上がってきます。《ふつう》という常識を疑ってはいけないということも、ここから分かっていただけるのではないかと思います。また、ふつうという概念がある種の残酷さをもっていることも。

 いちど、『ふつう』について考えてみましょう。先輩と同じ視点から何かを考えようとする時、必要になると思われるからです。
 推測になりますが、先輩は視力を失ったことで、『ふつうであること』と『ふつうでないこと』について否応なく考えることになったと考えられるからです。

  「ふつうでいいと思うよ」
 先輩はよどみなく言わなかった。いや、言えなかったのです。
 ふつうの基準である主人公と自分との間には歴然とした違いがあり、その相違をふつうの人々がどのように意識しているのかを先輩はよく分かっていたのです。
 だから、言えなかったのです。

 《ふつう》であることを考えてみることは、先輩の思考に近づける第一歩ではないでしょうか?


帰り道)  鍵『とざされたせかい』

 寄り道に誘ったとき、先をうながす主人公の手を先輩は驚いた顔で手をふりほどき、その場所に力無く座り込んでしまった。先輩は、あきらかに怯えています。
 そこに、校内で見る明るい先輩の姿はどこにもありません。

  「あなた(主人公)が急に引っ張るから、転んじゃったよ…」
  「そんなつもりはなかったんだけど」
  「…うん…分かってるよ…」

 この場面から、先輩は何かに対して強い恐怖を抱いていることが分かります。
 同時にそれが何であるのかを彼女が気づいていることも。

 実はこの場面、最も情報が多くあります。想像力を働かせることも必要ですが、要点を書き出して組み立てていくことでも、多くのことを得ることができます。
 では実際にやってみましょう。

 状況からの推論/
  ・先輩の抱いた恐れの正体は『外の世界』に他なりません。『外の世界』とは―――この時点では推測の域をでませんが―――学校と自宅以外のすべてだと考えていいでしょう。
   先輩が先輩でいられる場所は、ごく限られた場所にしか存在しないのです。

 状況から考えられる要素/
  ・手をふりほどいて座り込んでしまうほど、先輩は『外の世界』に対して強い恐怖心を持っていると考えられる。
  ・外の世界への恐怖は、外の世界を知っているからこそ恐ろしいのかもしれない。
   見えていた世界が、見えなくなるのだから。
   視覚を失ったことで受ける情報や自分の状況を把握できない恐怖があるため。
  ・学校と家との距離、それが先輩の世界を投影していると考えることはできないだろうか?
  ・先輩の世界に学校(高校)が含まれているのはなぜ?
  ・視力を失った時期が高校入学を同じとする可能性?
  ・その年代で視力を失ったとすると、先輩の行動範囲の狭さに疑問が残ってしまう。
   一般的にではあるけれど、行動範囲はおもに中学生(12、3才くらい)あたりから拡大する(はず)。
  ・狭い世界であることを要素に加えると、先輩はかなり前に視力を失った可能性もある。
   10代半ばをすぎてという確率は下がる。
  ・視力を失ったのは十代前半。行動範囲から考えれば、中学に上がる前くらい?
  ・それまでは、見えていたことに間違いはない(はず)。
  ・この時点では、『どうして学校の屋上がふくまれているのか?』が分からない。
  ・視力を失った原因は特定できない。
   事故、事件、病気・・・他人への接し方を見ている限り、事件という可能性は除外してもいいかもしれない。

 推測から
  ・先輩の目は、ある日、見えなくなったということ。
   これは、死の宣告と変わらないのではないでしょうか?
   世界が消えてしまうのです。
   真っ暗な世界にひとり、残されて。

   ・・・死のうと思わなかったのだろうか、先輩は?
   目が見えなくなって、世界が真っ暗になって、悲しくて、泣いて、泣いて・・・

 想像できることは、おそらくこのあたりまででしょう。
 ここから先は、先輩の言葉を待つしかありません。


点字の本)  鍵『そとのせかいへ』

  「ちょっと前までは読めなかったけど、最近やっと読めるようなったんだよ」

 点字の本が学校にあるということは、以前にも目の見えなかった生徒がいたのかとも考えられますが、本編とは(おそらく)関係ないでしょう。しかし、点字関係のクラブ(あるいは同好会)の存在が示唆されなかったことを考えると、この学校はたったひとりの生徒のために点字の本を用意したことになります。
 ※物語とは関わってこないので、ここで止めておきましょう。

 『ちょっと前』と『最近』がどのあたりの時期を示しているのかを考えることは難しいです。与えられる情報が少ないことも大きな原因です。
 主人公と出会ったことによって、自分の世界(もといた自分の場所へ向かうという意味で)に戻ってこようとする気力がでてきた結果なのかなと受け取ることもできますが、このあたりも推測の域をでません。


図書館にて)  鍵『ことば』

 知らない人と会話について
  「私って、目が見えないからね
   だから相手のことをよく知ろうと思ったら、話をするしかないんだよ
   私にはそれしかないからね」

  「でも、結局は人と話をすることが好きだから、っていうのがいちばんの理由だけどね」

 ここの場面から、先輩がこの場所(この世界)にいる理由がすこしだけ分かるのではないかと思います。 さきの言葉で伝えられるのは先輩の状況についてだけですが、そのあとに伝えられる言葉が先輩の気持ちをあらわしているところから、そのように感じられます。
 心の奥で人を、まわりのみんなを信じてあきらめずにいられる姿勢が伝わってきませんか?


年賀状の話題から)  鍵『かぎられたじかん』

 先輩は、残された学校生活の時間を「あっという間」と言います。
 この言葉は、先輩に特別な意味を持ちます。
 先輩にとって学校という場所が唯一『外の世界』での居場所でありながら、そこにいられる時間が限られているということです。つまり、そこはかりそめの居場所でしかないのです。卒業してしまえば、自分のクラス、自分の座席(居場所)はあっさりと『誰かの座席(居場所)』になってしまうのです。
 学校を卒業した先輩は、どこに行くのでしょう?
 『外の世界』への恐怖を抱えた、先輩自身に重くのしかかる現実です。

 ここで、年賀状が話題になります。
 先輩に年賀状を書く。
 このとき、どんな年賀状をおくろうかと考えましたか?
 このとき、先輩がどんな年賀状をおくってくれるのだろうかと考えましたか?


屋上にて)  鍵『いばしょ』

  「雨は嫌いだよ。でも、降っていて欲しいときもあるよ」

 雨がやむのを待っているクラスメイトたちで、ふだん静かな教室がにぎやかになっている。その中で楽しそうにみんなと話をしている先輩の姿が想像できます。でも、雨が小降りに、もうじきあがりそうになれば、ひとり・・またひとりと教室を出て、クラスメイトはそれぞれの場所に行ってしまいます。そこで最後に残るのは、先輩。
 このような情景が浮かびます。

  「…みんな、この空の先にいるんだよね」
  「先輩は一緒に行かないのか?」
  「う…ん」
  「でもな、こんな所にいても仕方ないと思うけど」
  「うん。私もそう思う…」

 ここにいるしかできない自分、外へ踏み出すことのできない自分。このままじゃ駄目だと強く分かっていながらも、先に進むことができずにゆれている先輩の心が現れている場面だと思います。 同時に、居場所という先輩のかぎられた世界―――分厚い殻をまとった世界にヒビが入りつつあることも感じられます。


3年教室にて)  鍵『おそれ』

 残っている先輩に声をかける

  「私は……何となく、ね」
  「みんな、いなくなっちゃったね…」
 商店街への誘いにも
  「…だめ」

 ここでもまだ、先輩は迷っています。
 「私は・・・」と言ったあと、曖昧な言葉でごまかしていることからそう感じられます。
 しかし、本当はもう、すべてを打ち明けてしまいたかったような気がしてなりません。
 先輩は誰にも迷惑をかけたくないあまり、いろんなことに我慢しているように見えます。
 皆さんには、先輩の姿はどのように映りましたか?


ふたりのクリスマス)  鍵『ふたりのじかん』

  「…悪かったな、何か無駄に時間を使わせて」
  「本当にそう思う?
   もし、本当にそう思うのなら…
   私だって怒るよ」

 先輩の時間のなかに、無駄な時間などありません。
 たとえどんな過ごし方だったとしても、大切なふたりの時間に変わりないからです。
 ここで、先輩の主人公に対する気持ちが伝わってきます。


受け取った年賀状)  鍵『こうかい』

 これは受け取って気づく人が多いのかもしれません。
 先輩におくる年賀状があたりまえのものでは伝わらないこと。
 先輩は、主人公に分かる方法で年賀状を送ってくれました。では主人公はどうでしょう?
 先輩に、先輩だから伝わる、伝えられる方法で年賀状を送っていませんでした。
 どうして気づけなかったのだろうと、悔いの残る場面です。


始業式/屋上にて)  鍵『とけゆくこころ』

 先輩が「うれしかったよ」と言ってくれることで、2枚目に出した点字の年賀状に込められていた後悔の気持ちが癒される場面です。


図書館)  鍵『かこ』

 立入禁止の教室(資料室)。
 ここで、事故によって視力を失った子供のことを知ります。それが誰だったのかという説明はありませんが、先輩であることを指していることは間違いないでしょう。この情報に付随する形で、ようやく先輩の居場所に学校(高校)が含まれる理由も分かります。
 ここでの先輩の様子が平静であったことから、彼女のなかではすでにきちんと整理のついた過去であることも分かります。


帰り道)  鍵『ひとり』

  「わたしは絶対断るよ。だって残酷だからね」
  「私と付き合うってことは、私が背負うハンデをその人にも押しつけるってことだから
   一緒にいる時間が長ければ、きっと私はその人に迷惑をかけると思う」

  「あのね、世の中にはあなたが思っているほどいい人ばかりじゃないんだよ
   …苦しい思いをするのは、私だけで十分だよ
   だから、私は自分の好きな人を束縛するようなことはしたくない…」

 おもい言葉です。
 「そんなことないよ」と、言葉を返すことは簡単です。
 先輩のことを大切に思えばこそ、その言葉が考えるよりも先にでてしまう気持ちも理解できなくありません。しかし、先輩がその答えを出すまでにどれほど悩み、どれほど苦しんだことだろうかと考えてみてはどうでしょうか?先輩が悩んだ時間だけ―――いや、この言葉を受け取る側には、それ以上に考えなければならないでしょうし、その言葉に応える覚悟と責任を持つことも忘れてはいけません。

  ひとりでなにもかも背負う必要なんてない。
  残酷なんてことだってない。
  迷惑だってかけたっていいんだ。

 考えても考えても、いろんな言葉を思い浮かべても。
 そのどれもが見当はずれで、ありきたりで、伝わらないものばかり。
 このとき、ふさわしい言葉が何ひとつみつからないと感じられませんでしたか?


卒業式前/屋上)  鍵『こくはく』

 『外の世界』に対する恐れと視力を失う事故について語られます。

  「…怖いから…
   …どうしようもなく怖いんだよ
   外の世界が、この学校以外の場所が…」
  「いつもは、この学校の中にいるからね…
   この学校は、私が唯一光を取り戻すことができる場所だったんだ」

 ここではじめて、先輩は『外の世界』に向き合います。
 自分の抱える恐怖を第三者(主人公)に話すことで、その問題をより明確にして自身と対決させていると考えられるからです。もしくは、先輩自身が対決しようとしている姿勢だとも見ることができるのではないでしょうか?

 あとは、歩き出せるように背中を押してあげることだけです。


ふたりだけの卒業式)  鍵『うごきだすじかん』

  「…生きてくの、嫌になったことってないか……?」

  「あるよ。もちろん
   もう二度と目が見えないんだって理解したとき、死のうと思った」

  「もうすぐ私は死ぬんだって思ってたから」

  「なんだ、私が悩んでたことはこの程度のことだったんだって、そう思ったんだ」

 この場面を考えることは非常にむつかしいことです。人によっては、理解できない場面かもしれません。なぜなら、これは個人の感覚にもっとも左右されるであろうことだからです。死のギリギリの場所にいる人の感覚を感じるためには、自分も同じ場所に立たなければそれを共有することができないからです。
 死というものはもはや、わたしたちのまわりからほど遠くなっています。いや、すぐ側にありながら、忌むものとして遠ざけているといえます。ゆえに、その場所に立つこともなく、日常というやさしい永遠の流れのなかにいるのです。
 だからこそ、自分の死を意識したとき、その場所に立ったとき、別の場所から自分を含めた世界を視ることができることもあります。その時に何を想うのか、何を感じるのかはまさに千差万別だといえるでしょう。ある人にとってとるに足らないものでも、ある人にとってはかけがえのないものがあるようにです。


最後の日、そして・・・)  鍵『すべてをこえてとどく想い』

  「私ね、学校の屋上が好きだった理由が分かったような
   気がするんだ。
   ・・・いちばん近い場所だったんだよ
   私があこがれていた世界にね」

 この場面で、先輩が自分だけの安息の世界からでたがっていたことが分かります。
 そして、その感覚を認識し、自分のものとしたことも。

 だから、先輩は自分で歩くことができます。

  先輩を残して消えてしまった自分。
  伝わらなかった言葉、伝えられなかった言葉。
  でも、信じたい。
  想いがすべてをこえてとどくことを。
  時間も距離も関係なく、大切な人にかならずとどくと信じたい。


     そして、輝く季節へ・・・


コメント)

 読み終えてくれた人、どうもありがとう。そして、お疲れさまでした。
 いかがでしたでしょうか?
 つたない文章なので読みにくいところや歯切れの悪いところもあったと思いますが、
 これが今のわたしの精一杯です。次があれば、もっと努力します。
 あと、何かご意見・ご感想をいただければ幸いです。

 そして、最後に。
 発表の場所を提供していただいたぷっぷくぷー様、読んでみたいといってくれたみなさまに、
 心からお礼申し上げます。


感想はとごうさんへメールでお願いします。


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