1999.08.30

iMacカラーの氾濫は日本の伝統?.....
苦言を呈するデザイナーにひとこと


日経デザイン9月号の特集記事は「カラーデザイン色は力、色は財産」という、かなり面白くて参考になる特集でした。
当然特集の先攻をきったのは、iMacをとりまくカラーの話題。
iMacに便乗して、iMacカラーを模倣した製品を開発・乱売している日本の状況について、インダストリアルデザイナーの某氏が、こんな苦言を呈していました。
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企業が目先の欲望にとらわれてiMac風の商品を作りもうけても、私たちが本当に必要としている豊かさがこの先に生まれるとは思わない。いつまでもこういうモノを作っているから、日本にはオリジナリティーがないと言われてしまう。
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ああ、そういう見方もあるんだな、って、正直思いましたね。
でも、思っただけ。
なぜそういう見方しかできないのかなぁ、と、本当はがっかりしましたよ。

確かに、スピーカーやプリンタ、MOやCDドライブなどの周辺機器、そして、デスクやコンセントなどのさまざまなサプライ商品、さらにはボールペンやシャープペンなどのステイショナリーに至るまで、iMacカラーの氾濫は、これでもか!!って感じで増殖しています。
仕掛けたアップルはご満悦。自社が生み出したカラーバリエーションが、世の中かに浸透し、支持されているわけですから。
当然iMacユーザーである私も、iMacカラーの氾濫は大歓迎です。

単にスケルトンカラーを真似たって、その製品自体の品質・性能、さらにデザインがクールじゃなかったら、結局は淘汰されてしまうはず。
売れているiMacカラーの商品は、iMacカラーの需要に感度よく応えて、それ以上のデザインを捻出し、支持されているわけです。
iMacカラーは、単にベースに過ぎないのです。
それを「目先の欲望」だとか、「オリジナリティーがない」という風に言い切るところが、逆に閉鎖的な日本の象徴のように見えますね。

「よいモノをさらに進化させて、オリジナリティのある(コンピュータ以外の)デザインを模索している」それこそがiMacカラーを模倣している企業の実態ではないでしょうか。
なにせ、需要がある以上、それに逆らう理由なんてひとつもない。
それにあくまでもそれらの企業は、iMacカラーに社運を賭けているというよりも、単純にラインアップのひとつとして捉えているはずです。(中には、iMacにおんぶに抱っこという企業もいますけど)
間もなく200万台の出荷を控えたiMac。
もうすでに200万人近くのユーザーがいるわけです。
iBookの登場により、スケルトンカラーの普及はますます加速されるでしょう。すでにiMacカラーは「目先のモノ」ではなくなったのです。
デザインをする上で、カラー定義の中の、ひとつのジャンルとして捉えるべきでしょう。

苦言を呈した某氏に言いたい。
その世界では著名かも知れませんが、私はあなたの名前を今まで聞いたこともないし、どんな製品をデザインしているのかも全然わからない。
でも、商品のデザインに真価を決めるのは、私たち消費者です。
オリジナリティの深さを決めるのも私たちです。当然お金を払って、あなたが言う「目先の欲望にとらわれた商品」を買うのも私たちです。
結局ダメだと判断したモノは買いません。
でも売れているiMac風の商品たち。
その辺の真意を理解してこそ、本当の意味での豊かさが生まれると思います。単に反体制を打ち出したって、何も生まれません。

ああ、久しぶりに興奮しちゃったなぁ。
なんかiMac風の商品を買っている人がバカにされているような気がして、つい書きすぎてしまいました。
これはあくまでも私個人の意見です。某氏に対する攻撃を目的としたものではありませんので、異論や反論はご容赦ください。
でも、アバウトな部分で賛同してくださる方は、いないと思いますが、ぜひとも「オヤジのポスペ」の掲示板に書き込んでください。心の支えにいたします。

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