ヤマハYA1 1955年(昭和30年)125cc 日本楽器製造(株)第一作 エンジン番号 車台番号5500007番当地の代理店Yモータースに第一荷として3号車と7号車が入荷しましたが、3号車は行方不明です。(代理店社長談) 価格は138000円、昭和30年の高校卒国家公務員の初任給は月額5900円とのこと。 オーナーは、終戦後の食糧難の時代に学校給食として、「コッペパン」が採用された事により、大繁盛していたパン製造会社の社長さんの車です。その後廃車となり解体車置き場に野積みされていたのを、マニヤが探し出して保管していた車です。 某紙によれば、当時の川上源一社長さんがエンジンナンバー7号車を自ら組み、YA1の全てを知る努力をしたと、記載されています。
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